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1952年
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4月5日 東京生まれ。3歳よりピアノを学ぶ。
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1971年
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3月、東京教育大学付属高等学校(現在の筑波大学付属高等学校)卒業。
4月、桐朋学園大学音楽学部、作曲理論学科・指揮科に入学。
指揮法を斎藤秀雄氏・小沢征爾氏に、ピアノ・作曲を三善晃氏の下で学ぶ。
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1975年
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3月、桐朋学園大学音楽学部、作曲理論学科・指揮科、卒業。
7月、ザルツブルク・モーツァルテウム国際音楽夏期講習会・指揮科、受講。 オーストリア国立放送協会より、ハンス・ハーリング賞を受賞。 同放送協会のために「ハイドンの交響曲第103番」を録音、放送される。
9月、引き続き、ベルリン国立歌劇場(東ベルリン)に於いて、同歌劇場音楽総監督オットマール・ズイトナー氏の下で研鑽を積む。
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1976−78年
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デュッセルドルフ・ラインドイツ歌劇場コレぺティートアに就任。
通常のレパートリー(モーツァルト、ヴェルディー、プッチーニ等)に加え、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、ヤナーチェック、プフィッツナー、ケルターボルン等のオペラを共演・習得。舞台裏・副指揮者としても活躍。
ヴェルディー、ロッシーニ、プッチーニの作品をアルベルト・エレーデ氏の下で、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスの作品をリヒャルト・トリンボルン氏の下で、ヤナーチェック、プフィッツナーの作品をギュンター・ヴィッヒ氏の下で学ぶ。
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1978−81年
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ゲルゼンキルヘン市立歌劇場、ソロ・レぺティートアに就任。
喜歌劇「こうもり」で、指揮者としての仕事を始める。
「カルメン」「ボエーム」等を次々に指揮、好評を得る。
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1981−85年
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ヴュルツブルク市立歌劇場 Studienleiter
兼指揮者に就任。
「ファルスタッフ」「オテロ」「アイーダ」「マクベス」「イドメネオ」「フィガロ」「マルガレーテ」「トゥーランドット」「愛の妙薬」等を指揮。
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1985−88年
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ミュンスター市立歌劇場、第一指揮者兼音楽監督代理に就任。
青少年・ファミリー・コンサートを主幹、定期演奏会の指揮も兼任する。
1987年、ミュンスター市主催の日本週間の一環として、三木稔のオペラ「あだ」をドイツ語初演、好評を得る。
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1988年
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リヒャルト・シュトラウスの「無口な女」の指揮をきっかけに、デュッセルドルフ・ラインドイツ歌劇場より「リゴレット」「フィガロの結婚」等の客演指揮を依頼される。
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1989−96年
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デュッセルドルフ・ラインドイツ歌劇場第一オペラ指揮者に就任。
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1991−94年
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南ヴェストファーレン・フィルハーモニー交響楽団音楽監督兼任。
デュッセルドルフ・ラインドイツ歌劇場でのオペラの指揮と同時に、著名な独奏者との共演・CDやラジオへの録音・委嘱作品の世界初演等、シンフォニー・コンサートの分野でも、幅広い演奏活動を始める。
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1996−01年
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バイエルン州立コーブルク歌劇場、音楽総監督に就任。
数多くの作品をコーブルク初演、オペラ・演奏会両面に新風を吹き込む。 青少年・ファミリー・コンサートを新設、観客層の拡大化を計るとともに、リヒャルト・シュトラウス・チクルス、マーラー・チクルス等の新企画を次々に実現。
長年の経験を生かして、劇場運営の円滑化を進める。
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2000年
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首都オペラの招聘により、ワーグナー「さまよえるオランダ人」で、日本デビュー。非常な好評を呼ぶ。
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2002年
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5月、指揮者急病に伴い、新国立劇場の招聘により急遽帰国。
リヒャルト・シュトラウス「サロメ」を指揮、各方面から高い評価を得る。
9月、首都オペラの再度の招聘により、ヴェルディ「マクベス」を指揮。
12月、新国立劇場・二期会の招聘により、リヒャルト・シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」を指揮。
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2003年
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9月、新国立劇場オペラ研修所の特別講師として招かれ、ヨハン・シュトラウスの喜歌劇「こうもり」を指導。
10月、愛知芸術振興財団の招聘により、ヴェルディ「椿姫」を指揮。全国的に注目を集める。
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2004年
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2月、東京フィルハーモニー交響楽団の招きにより、同団オペラシティー・シリーズ定期演奏会を指揮。自身で編纂したワーグナーの「ニーベルングの指輪・ハイライト」を初演し、コンサート指揮者として日本デビュー。
3月、東京都交響楽団と初共演。リヒャルト・シュトラウスの「バラの騎士組曲」・オルフの「カルミナ・ブラーナ」等を指揮。
10月、国立音楽大学の招きにより、同大学院オペラ公演「フィガロの結婚」を指揮。
10月、ドイツ・ゾーリンゲン市に於いて、ジークフリート・ワーグナーのオペラ「異教の王」を演奏会形式で指揮。 70年ぶりの再演は、音楽界の話題を集め、演奏会はWDR(西ドイツ放送局・ケルン)から同時中継され放送される。
後日、Deutschland Radio(ベルリン)からも再放送。
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2005年
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1月、大阪シンフォニカー交響楽団定期演奏会を指揮。 ブルックナーの交響曲第3番で大阪デビュー。
2004年10月に行われたジークフリート・ワーグナーのオペラ「異教の王」演奏会形式実況録音が「ナクソス・マルコポーロ」社よりCD
として発売される。
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2006年
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5月、再度の招きにより大阪シンフォニカー交響楽団定期演奏会を指揮。ブルックナーの交響曲第7番。
7月、東京シティーフィル定期演奏会を指揮。リヒャルト・シュトラウスの「3つの讃歌」を日本初演。
9月、国立音楽大学創立80周年記念大学院オペラ公演「イドメネオ」を指揮。
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2007年
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3月、北海道二期会の招きにより「フィガロの結婚」を指揮。
6月、関西二期会の招きにより「愛の妙薬」を指揮。
9月、大阪シンフォニカー交響楽団定期演奏会を指揮。ブルックナーの交響曲第5番。
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2008年
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4月、大阪シンフォニカー交響楽団音楽監督就任
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